細密ボールペン画(熊本城)

熊本県の(熊本城)安土桃山時代から江戸時代の城。別名 千葉城、隈本城、銀杏城。
中世に千葉城、隈本城が築かれ、安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて加藤清正が、現在の本丸にあたる部分の築城を行い、
1600年(慶長5年)連結式望楼型3重6階地下1階の天守が完成する。細川氏の時代になると城地の拡張と増築が盛んに行われ、明治時代の初めまでは大半の建物が撤去されずに現存していたが、1877年(明治10年)西南戦争で一部の建物を残して天守を含む御殿や櫓など主要な建物が焼失した。現在の天守は、昭和35年熊本国体開催と築城350年を機に、外観復元に取り組み、鉄筋コンクリートで造られている。
平成28年4月の熊本地震により、石垣の崩落や天守・櫓の屋根瓦に鯱の落下等、甚大な被害を被った。今にも崩れそうな5階層を支えていた角の一本の石垣の映像が記憶に残る、石垣普請の名手加藤清正の手腕を物語るものでしょう。
熊本城の復興は現在も行われていて、いまだに多くの寄附を頂き今年3月現在寄付金は、43億6千万にも及んでいると言う。

       ボールペン画 F4号
熊本城20200625.jpg
手前の石垣「二様(によう)の石垣」と言われる。
二つの石垣それぞれ勾配が違います。共に武者返しと言い、
上に行くほど垂直になり上れないと言う。
手前の緩やかな石垣が加登清正の時代、奥の急な石垣が細川時代で、
二つの時代の石垣を見ることの出来る、有名な撮影ポイントの様だ。
にほんブログ村 美術ブログ ボールペン画へ
にほんブログ村